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世にある人とすみかとドーナツと、またかくのごとし。

生活

私はドーナツが好きだ。というか、ドーナツを好きなのが私だ。具体的には、週4ぐらいの頻度で朝ごはんと昼ごはんがドーナツなくらい。

ドーナツ専門店のドーナツも良いし、パン屋のドーナツやコンビニのドーナツもなかなか乙なものだ。もちろんリングドーナツは素晴らしいがヤングドーナツとかもいい。サーターアンダーギーも好きだ。あらゆるドーナツが等しく尊い。

しかし正義はミスタードーナツにある。甘さ至上主義に憑りつかれていた時期はクリスピークリームドーナツ*1に横恋慕していたが、冷静に考えればやはりミスドである。どれをとっても甘すぎるということがなく、定番メニューはすべて何度食べても飽きが来ないうえ、十分すぎるほどに多様性に満ちている。なのに、期間限定の新メニューはいつだって、既存のメニューのどれとも役割の被ることがない。まさにドーナツといえば彼、「ミスター・ドーナツ」の名を冠するに相応しい日本ドーナツ業界のオンリーワンにしてナンバーワンだ。

 

最近、その我らが大正義ミスドのドーナツについて、ちょっと世の無常など感じさせることがあったので、書いておきたい。

 

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画像は、チョコファッションというドーナツのものだ。

オーソドックスなリングドーナツにチョコソースをかけただけ。しかし侮ってはいけない、シンプル・イズ・ザ・ベストの極致と言うべきこのドーナツを。カジュアルな小麦色とシックな黒色の美しいコントラスト。とっつき易さと気品とを兼ね備えたあの香り。チョコのかかっているところとかかっていないところの、素朴さと優雅さのそれぞれ違った甘み。それらを交互に食べ勧めてもよし、どちらか一方を先に全部喰ってしまってもよし、という食べ方の自由度*2。最早芸術品の域に達した素晴らしいドーナツなのだ。

 

しかしこのドーナツ、この間久々に食べてみると、リニューアルしていたことに気付いた。具体的にどう変わったかというと、生地がサクサクしていたのである。前のミスドのチョコファッションは、どちらかというとしっとりとした生地であったのに。

これは、どうにも好きになれないリニューアルであった。

何につけてもあの、「外はサクサク、中はフワフワ!」といううたい文句が気にくわない。外形が固くって食べてみるとやわらかいって、なにか、そのヘンな裏切りは。サクサクならサクサク、フワフワならフワフワであるべきだろう。仮にサクサクとフワフワが同居しているとしても、それはどちらかがどちらかを引き立てるための脇役であるべきではなかろうか。まあこの辺は私の趣味なんだけど。

しかし私の趣味を抜きにしたとしても、チョコファッションに関して言えば、「外はサクサク、中はフワフワ!」の概念はどう考えたってナシだ。歯を入れた瞬間のいっときの快楽など、チョコファッションのあの生地のやさしい甘味とチョコの豊潤な香りを楽しむうえでは不要な要素でしかない。

その点リニューアル前のミスドのチョコファッションは素晴らしかった。かじると歯が「ぬもっ」と、弾力に阻まれながら埋まっていく感覚が好きだった。そしてかじったドーナツを口に入れれば、今度は口の中のあまねく水分を奪い去らんとする生地との格闘が始まり、必然的にドーナツが口の中にある時間も長くなった。そうして伸びたドーナツ生地の素朴な甘みを楽しみチョコレートソースの豊潤な香りを楽しむ時間も好きだった。だがそれもすべて、あのサクサクフワフワなリニューアルに奪われて、もう戻っては来ない……。

 

そんなふうに世をはかなみながら、今朝方、これまた久々にミスドフレンチクルーラーを食べた。するとリニューアルのおかげか、元々の武器であったフワフワがさらに増していて、こっちは逆に、より私の好みの味になっていた。

浮き世の無常も悪くないぞ、とか、色んなところに時間が流れているもんだ、とか。そんなことを思いながら、私は明日も、ドーナツを食べる。おそらくは。

*1:ドーナツブランドのひとつ。かの甘さ至上主義超大国アメリカの地にて発祥。いかにもアメリカっぽいド派手な配色と、人間を堕落させる気マンマンな甘さをした、極悪非道のドーナツがウリ。

*2:ちなみに私は、チョコのかかっている部分をおかず、かかっていない部分を白米に見立て、交互に食べる派である。