修学旅行、ヒネクレ、アイスクリームのあれこれ

大抵のネクラの例に漏れず、私の修学旅行もまた、地獄だった。

旅を共にするのは青春大好き我が校の修学旅行団。青春というのは私が普段触らずに極力匂いだって嗅がないようにして見たら捨てているウンコのようなアレだ。つまり私から見て周囲の人間はみんなウンコを信仰し体に塗りたくる謎の宗教集団である。彼らと揃いのウンコまみれの衣装に身を包み異臭を放つ神輿を担いで向かう先はみんなで汗を流してスポーツに興ずるためつくられたウンコの殿堂。右を見ても左を見てもウンコで寝ても覚めてもウンコまみれのただメシのみ美味い、そんな旅行が地獄以外のなんだって言うんだ。

 

しかし忍耐というのはすごいもので、青春の悪臭に対する私のそれは理性を保ったままに修学旅行も最終日の正午を迎えることを可能とした。そんな時間になればいよいよ旅も大詰めに向かい私の精神は青春の二文字にまみれて死にかけ、修学旅行団は空港へ到着、いよいよ帰路につくところだった。ここで私含めた生徒には1時間の自由時間が与えられたが、必要量の少ない土産を既に購入し終えた私に最早すべきことはなく、心身共に疲弊していたためできることもまたなかった。

どこかに座ってぼうっとしている他に手はないか、と思うが座れるところもまずない。どうしたものかな、と話しかけてきそうで面倒臭いクラスメイトの影を次々すり抜けて、とりあえず本屋に向かってみるが、買うべきものもないのだ。

だいたい空港内の本屋というのは雑誌類が多くて、小説にしたって堂場瞬一とかあのあたりのサスペンスの比率が多く私の好むSFだのライトノベルだのというものが少ない。漫画も分量が少ないうえその八割がたは少年漫画。見るものもなく私には長居できない場所だけども、むりやり30分は粘る。文庫本の棚を眼が疲れるほど睨んでハヤカワ文庫JA*1のあの白くてスタイリッシュな背表紙を探す。一冊見つかるがまさかの『PSYCHO-PASS GENESIS 3』、読みたいシリーズだがいきなり3から読む勇気はない。やむなく断念して書店を出る。

あてどなく彷徨う空港内、店で売っているものはやっぱり菓子類なんかの土産ものがそのほとんどを占めている。そうでなければその土地原産の食材を使ったソフトクリームだのなんだの。何か食べたい気持ちは無いでもないが旅行先でご当地スイーツにかぶりつくのは私のヒネクレ根性が許さない。でもなんか血糖値が落ちてきている気がするし、飛行機乗ったら何も食べられないし、単純にアイスが食べたいし、どうしたものかな……と立ち止まって悩んでいたところ、眼に入ったのがサーティーワンアイスクリームの、あの毒々しいピンク色の看板だった。

 

「ポッピングシャワー、レギュラーのコーンで。」常連かお前は、と自分で馬鹿馬鹿しく思うほど、注文の文句はすらすらと出てきた。女子大生っぽい店員さんはそれを、少々不思議そうな感じの営業スマイルで受け取ってくれる。「修学旅行からお帰りですか?」「ええ、奈良から」「へえ、奈良っていうと大仏の?」「そうですね、あと鹿の」と自分のコミュニケーション能力を大幅に上回る雑談を交わしながら代金と釣銭をやりとりし、アイスをもらって、私は近くにあった椅子に腰かけた。

口にする前に、手にあるものを眺めてみた。白と水色の混ざり合う中に、赤と青の派手なキャンディチップが散らばっている。このメニューは昔、幼稚園に通っていた頃なんかはよく食べていたものだけど、いつからそれがロッキーロードだのオレオクッキーアンドクリームだのに入れ替わったのか。そういえばあれに限らず、サーティワンのアイスは半年近く食べていなかった気もする。

そうやって世の無常をはかなみながらも一口目をスプーンに掬って口に運ぶと、当然だけど冷たい。それは口の中の体温で溶けて次々と、ただ甘みとメンソールの爽やかさのみを残して喉へ流れる。口に残る小さな塊は、噛むとパチパチと弾けて楽しい。あいかわらずおいしいアイスだった。

食べながら、さっき見かけた、特産品を使ったソフトクリームの売店のことを考えたりもした。あれはたぶん、あそこでしか食べられないものだったろう。恐らく私は人生でもうあの空港を、少なくともあの店がつぶれるまでは訪れることはないだろうから、あの時しか食べられないものでもあったろう。でも食べない。

私が食べたのは、全国に広くチェーン展開した、いつでもどこでも食べられるし、わざわざこの修学旅行の自由時間に食べる必要のないサーティワンのアイスクリーム。小遣いを使うことを厭ってどこかでじっとしてただ時が過ぎるのを待つという当然の選択さえも放棄して食べた、400円弱のあのひと匙。

たしかにサーティワンアイスクリームのポッピングシャワー、シングルのコーンはいつでもどこでも食べることができる。でも、ただ味蕾で味わうには勿体ないあの豊潤な風味、口いっぱいに広がる束の間の全能感と喉を通る時の卑屈な解放感に鼻を通る微かな自己嫌悪がアクセントを加えて完成するあの味は、たしかにあの瞬間にしか存在し得なかったのだ。そして、そういうものを大切にしていくのが、私の青春なんだ。

と、まだ修学旅行に毒されたまんまの脳みそで考える。そういう風にして、こんな内容の無い覚書みたいな屁理屈をこねくり回しながら、さっき私はコーヒーを飲んだ。とっくのとうにコーヒーメーカーの中で冷め切って風味の死んだコーヒーに、牛乳とメープルシロップを入れた退廃的な一杯。その苦味と甘味は、あのときのポッピングシャワーと同じ、「俺は何をやってんだ味」。

その堕落的なシンフォニーは、そのバック・グラウンドが大嫌いな青くさい笑い声が混ざる空港の喧騒でも、あるいは真夜中の静寂とPCの排気音でも、ちっとも変質しない。その豊かな怠惰の滋味は、私の生活に余裕を持たせてくれる。そういうわけで私はいま、とてもしあわせだ。

*1:文庫レーベルの1。ラノベ作家の書いた一般小説があったりSF比率が高かったりとなにかと私の趣味に合う小説がたくさん出ている。