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扇風機

きのうの夜、扇風機の前にすわって、その羽の回るのをぼーっとながめていた。無意味に限界までひねったタイマーが律儀に百二十分きっちり計ってて申し訳ない気もちになった。

扇風機が規則的に首を振る。その姿はとても健気だ。こんなに感情移入のしやすい家電はほかにはない。頭と首と体とあって。人間には見えないけどマスコットキャラクターとしてはアリなシルエットだと思う。

こいつは自分が風を生み出していることをわかっているんだろーかと考えて、たぶんわかっていないんだろーなと悲しくなる。かりに扇風機に自我があったとしても、認識できるのは電気コードから流れてくる電流とぼくがボタンを押して伝わる電気信号の命令、自分がモーターを回していること、くらい。目も耳もないから、生みだした風も、かき回される部屋の空気も、それで涼むぼくの存在も知らないまま、自分がなにをしているのかも判然としないしそれに意味なんかないと思ってる。実際本人にとってはないんだろう、そんなもん。扇風機が風を生み出すことに価値があるなんて、そんなのは扇風機の使用者であるぼくの身勝手な幻想だ。

切、のボタンを押したら、扇風機はゆるゆると羽の回転を遅くして、止まった。ぼくはそれからも何十秒間か、扇風機の前にすわったままでいた。それから床に倒れて天井をみて、しばらく考えごとをした。長いあいだ忘れていた、中学生のぼくなら「哲学的」と言っていたような気恥ずかしい考えごとだった。

寝るのは部屋を片づけてからにした。