こい緑がぼくを

 山の天気は不安定だ、窓の外で雨の急に強まるのが聞こえて、びっくりしてカーテンを開けると赤い折り畳み傘をさしたひとがそこの大通りを左へ歩いていくのが見えた。たとえ天気が良かったって今日はなんにも出かける用事なんかないし出かけたい気持ちもないから終日ひとり家にいることは決まってる。課題も積読も考えることもたくさんあるのに何にもしないでネット見たり音楽聞いて言語化できないただの感傷に浸って、そういうふうに休日を過ごせてしまえる堕落的な自分への愛をまた練り上げてブログなんか更新してみたりする。まあ午前中洗濯して掃除機かけて洗い物したしと、今日はもういいかという感じが出てきていて、そういうとこが独り暮らしの危険性だなあと思う。暮らしの実感におぼれている。

 

 大学に入ってから人としゃべることが劇的に増えて、自分の無駄に御託を並べる癖をあらためてはっきり自覚した。ツイッターがいつまでたってもやめられないのとかこのブログがだらだら一年以上続いてるのからも分かってたことではあるんだけど、まあ実際に会話の中で自分の口から必要のないことばがでろでろ流れ出していて止められないというのを感じるとふわっと絶望が湧いてくる。いらないことしか口に出していないとすら思う。後から考えてみるとまあまあ必要だったっぽいことだってなくもないんだけど、それはどうせ後からぼくが勝手にでっち上げたなんらかのストーリーの中での必要でしかなくて現実に必要か否かとは全然関係がない。というかそれ以前の問題で、その場で自分の吐くことばが必要かどうかわかりもしないくせしてしゃべるのをやめないその姿勢が既によくない。こういう自戒みたいなのを書いてなんとなく楽になった気がしているのもよくない。なんかこういうのも結構前に書いた気がする。環境と気分が変わってるだけで結局考え方がちっとも変っていないなあと、あーもう自分語りはどうでもよくて、まあかといって書けることもこれ以上はない。もういいか。

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