読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

故人をネタにしてこんな記事を書いたことを深く謝罪し、しかるのち、自分語りに移らせていただきたく存じます。

今日の昼は図書館に予約した本を受け取りに行ったのだが、そこから帰る途中、祖父の亡くなった病院の前を通りがかった。

そういえば祖父の葬儀は姉の大学受験のすぐあとだったから、あれからもう三年が経っているのだ、と思い出す。

 

その日のことや、お通夜、お葬式のことは何だかよく覚えていない。でも涙を流した記憶はないし、母の言うには家族みんなにこにことしていたそうだから、やっぱり私は泣いてはいないのだろう、と思う。

それはべつに私の精神が特別強靭だからとか家族に冷淡だからとかいうのではない*1。ただ、その二ヶ月ほど前から祖父は病気で入院をしていて、もしかしたら、という話を前々から聞いていた、というだけのことだ。そのために私が祖父の死におぼえる悲しみは死の直後にどっと襲ってきて思わず泣き叫んでしまうようなものではなく、それなりの時間をかけてゆっくりと、それこそこの間の茹でガエルの話だけど、私が気付かないほどに緩やかに降り積もるものになった。泣かなかった、というか、泣けなかったのだろう。私が自分の悲しんでいるのに気付かないうちに、祖父はすっかり居なくなってしまったし、それに気付いたころにはもう、私は祖父の居ない世界に慣れてしまっていた。

 

私はすこし煤けた大きな病院の壁を、遠巻きに数十秒、見つめていた。あの病院は祖父が入院するすこし前に改装工事を始めて、それが終わるちょうどそのころに祖父は亡くなった。

私はその壁の煤けかたに、そのまま祖父の居ない世界に流れた時間を見ていた。三年っていうと、長い。ちょっと具体的に世界にどんな出来事があったのかは存じ上げないが世界もそれなりに変わったはずだし、私たちの家族も変わったろう。祖母はひとり暮らしになって姉は家を出て下宿をし始めて、私は高校生になって。母はなんだろう。ピロリ菌を除去したという話は聞いた。

 

祖父はとてもまじめな人だった。何につけても落ち着いていて、立ち居振る舞いも静かだった。全体的に小うるさい私の一族のなかにいると、一人だけ浮き上がるように言葉少なで、感情を表に出すこともなかった。祖母すらも、怒ったところを数えるほどしか見たことがないという。笑うときでも、「は、は」と、ふたことだけ宙に置いてまた仏頂面へ戻った。祖父は私よりも初孫の姉をよく可愛がったが、話すのは私のほうが多かったように思う。たまに、少しだけむずかしいこと、人生哲学みたいなことをぽつぽつと話してくれた。

とか。

そんなことを懸命に思い出しても残念ながら泣けなくて、ただ故人をダシにむりやり泣こうとしている自分への虚しい軽蔑が積もるだけ。なんだか悔しい思いでそのまま数分そこへ突っ立っていたらジョギングの人が通りがかって私をすこし怪訝そうな目で一瞥したから恥ずかしくなって立ち去った。

そういえばむかし、私は祖父に憧れて、あんなふうになりたい、と思っていた。近づけているだろうか。祖父の生前より私が明らかにうるさくなっていること、そのことを書いてる途中で思い出したところを考えると、少し、怪しい。

*1:私はどちらかといえば涙もろいほうだし、祖父のことはとても尊敬していた。