読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ここ二三日のきもちわるいことリスト

こないだ、前の記事で描いたようにクローゼットを整理してから、部屋のにおいがすこしだけ変わった、というか、軽減された。ずいぶん過ごしやすくなったしこれで勉強もいくらか進むようになるかもしれない、とうれしく思うけど、それでいて、においが変わって快適になったこの部屋は、なんだか自分のいていいところではないという気がしてしまう。ぼくみたいなのがこんなに気持ちのいい空間に暮して、ほんとうにいいんだろうか。

 

受験に向けて、やっとちょっとずつ勉強をはじめた。まだまだふつうの受験生に比べたらずっとずっと少ない量だけど、毎日どれだけやるかを決めてすこしずつこなしていっている。まあいきなりうまくいくわけないし、けっこうな頻度でその少ない量すらこなせないまま寝てしまうことがあるけど、それでもここ数日でずいぶん安定してきたし、これまで一切勉強してこなかったことを考えればいちおう、進歩といえる。

ただ、毎晩机に向かって参考書を開くたびに、らしくないなと、自分が自分でなくなってしまったような不安感に陥って、ぼくのアイデンティティって勉強をしないことにあったのかと考えるとすこしばかり消えてしまいたくなって、そんでも参考書は閉じないで、この身体は数十分間、じっと勉強に耐えている、それがまた気持ち悪い。

このまま地道にやっていけばうまくいくかもと考えるたび、ぼくなんかの人生がほんとうにうまくいってしまっていいのかって疑わしくなる。だめなわけはないよな、とか自分を鼓舞してみる、それが何よりもらしくない。ぼくってこんな人間だったか。思い返そうとしてみるけどそもそも自分がどういう人間かわかったためしなんて一度もないから結論は出ない。そうこうしてると気づけば勉強の手が止まって眼球は参考書の空白の部分をぼんやりとながめていて、ああ、ぼくらしいな、と少し安心してしまう。

 

なくしてたと思ったお気に入りのイヤフォンが見つかって、LINEをブロックされた後輩とも仲直りができた、母親に怒られることも減って、席替えで窓際いちばんうしろの席を引き当てた。行きに通りがかったときはなにも植わってなかった田んぼに、帰りに通りがかったときには半分くらい稲の苗が植えてあってなんだか感動する。曇りの日に歩いて帰ったら、重苦しい青色が降る街は水のなかみたいできれいだと気づく。浸かった浴槽のお湯さえなんだかいつもより柔らかい気がして、夜更かしして勉強してたら窓から気持ちのいい風が吹いてきて報われたと思っている。

ここ数日で生活がちょっとだけど充実して、すてきなものを目にすることが連続している。空虚さばっかりが場所を取っていた精神も多少よくなって、物事もやや、前に進んで。でもなんだか、自分みたいなのがこんなに楽に暮らしてしまっていいのかなと、訝しむ気持ちがぬぐえずにいる。ほんのちょっとの、たった二日三日の話なのに。大げさだ、たいしたことない、って割りきれるようになれたらどんだけいいだろうか。きょうのぶんの勉強がまだ、終ってない。