読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ねむすぎる

世界史の予習。たいくつだ。ぼくは趣味の傾向をかんがみるとふしぎなくらい歴史に興味がない。歴史ってのをどう楽しめばいいのかいまいち、わからない。知的好奇心とかもあんまりないし。自己実現がないから知ろうともしない。

「うそみたいな歴史的事実!」みたいなのをおもしろがる気持ち、あれがいちばんわからない。物語みたいだけど、現実なんだ、というのがいいのかな。でもぼくは現実味をもとめるなら現実に、物語性をもとめるなら物語にふれたいと思う。その中間になにかを置こうという気持ちが、いまいち。

物語ってのは実際に起らないからぼくの目に綺麗に映る。いい話だね、でもこんなこと、現実にはないんだよね。そういう悲しさが物語のうつくしさだと思う。それが、過去にあった事実、ってものには欠けてる。物語を文字や映像におこすこともそのうつくしさをかなり損ねるものだ。現実世界にはっきりとしたかたちで現れた、って時点でそれは部分的に「起って」しまっている。目を閉じてから眠るまでのあいだにどんどん破綻していく思考とか空想のなかでたどる知らない街の道すじ、あとはそれこそ、夢。そういうのがいちばん綺麗な物語だ。もしぼくがめちゃくちゃ素晴らしい物語を思いついてしまったら、がんばってがんばってそれを何かのかたちにおこすのを堪えて、自分のなかで忘れていくものにしたい。消えていかなきゃ、汚い。

そういうことを考えてると、未来を描いたSFってのはいいなあ、と思う。書いた時は真実だって思ってたけどうそになっちゃった未来。これからうそになっていくだろう未来。書きながらも、これはないな、と思いながらつくる未来。残酷だ、どうしようもないくらい残酷でうつくしい。べつに未来の話じゃなくてもいい、とにかくそういう残酷なうつくしさっていうのがSFのよさで、ぼくにとっての第一条件かな、と思う。

話が逸れまくった。世界史がめんどくさい。あと七十ページある、しかも次々前やったことは忘れていく。誰か助けてほしい。汚くってもいい、せっかく暗記したものは消えていかないでほしいよ、センター試験まででいいから。